薬剤師の求人【ファーマクリエイト】HOME > シリーズ 薬剤師の現場
ご近所に医専(医学専門学校、現在の医科大学)に通っていらっしゃるお友達のお姉さまがいらして、お見かけするたびに「かっこええな、、」っとあこがれておりました。その当時の大学生は皆角帽をかぶっていまして、それも、また、あこがれでした。けれども、医専には、解剖やらがあって、そんなんは自分はできそうにないと思いまして、薬専(薬学専門学校、現在の薬科大学)なら、自分にもだいじょうぶやな、、っと進学いたしました。
母親は昔堅気の考えでしたが、父親はその当時でも、女性も独立して仕事をするために、勉強することに理解をしてくれて、薬専に進学することを応援してくれました。そのおかげで、今でも、仕事を続けております。
自分では、大学を出たら仕事をするのが当たり前と思っておりまして、、、
神戸の市役所の衛生行政の仕事につきました。昭和28年に、尼崎市に女性だけの保険局を立ち上げることになり、神戸の行政所長から行ってくれないか、、とお話がありまして参りました。
女性だけの衛生行政の仕事はとても大変でしたが、話題になり新聞社の取材が入ったこともありました。
二人目の子どもが、できまして、、、。両親がともに健在でしたので、一人目の時は世話をお願いしていました。二人目の時、母親が体調を崩してしまいまして。子どもを産んだ責任もありますし、子育てのために退職いたしました。
下の子どもが中学2年生になった時にそろそろ、復帰しようかと、、、。ご近所の調剤薬局に勤めました。
市役所の時は、直接薬を扱う仕事ではありませんでしたから。新しい薬の資料を勉強したり、メーカーさんの勉強会に参加したりしました。
調剤薬局に勤務して初めて接客を経験しましたが、性分というか、、あまり苦にならなかったです。
一番は、家族の協力です。共稼ぎでしたから、子供たちに迷惑かけたかもしれませんが、、、。仕事をしていれば、人とのかかわりの中で励ましたり、励まされたりで、。仕事は生き甲斐ですね。